三渓園 鶴翔閣
 


三渓園は2006年に国の名勝指定に

国指定重要文化財の建造物10棟
三渓園には、国指定重要文化財の建造物10棟、横浜市指定の建物3棟、および美術工芸品一品等があり、園自体が評価されたのは初めてになる。
また、三渓園は17万7600平方メートルの敷地があり、実業家の原三渓(富太郎)翁の造営によるもので、1906(明治39)年に市民に一般公開された。
「自然に対する尊敬と人に対する優しさを大切にする三渓翁の思想」が園にみてとれます。
先代原善三郎翁は明治20年頃、この地の切り立った崖上に山荘を築いた。
かの安藤広重が「本牧端からの富士」として、富士百景に描いた場所であり眼下には東京湾が見下ろせ、はるかに富士山や箱根連山、丹沢の山々、三浦半島が眺められる高台の丘にまず贅をこらした「松風閣」(伊藤博文首相命名)を建てた。
造園の趣味も思想も善三郎、富太郎翁二人に共通するものであった。
                 『(財)三渓園保勝会:提供』